初めての海外出張(7) 1986年8月 ― 2009年11月18日 02時08分54秒
ニューヨークの訪問を終え、電車でコネチカット州ブリッジポートへむかいました。ブリッジポートの駅に着くとELSブリッジポート校のディレクターが迎えにきてくれていました。すぐにホテルへチェックインしたあと、ディレクターの家に夕食に誘われました。1戸建ての家の2階のベランダでご主人がバーベキューの準備をして迎えてくれました。大きなビーフステーキをいただきましたが、食事の前に出された日本の「柿の種」が印象的でした。どんな会話をしたのかほとんど覚えていませんが、「柿の種」を食べながら日本のことについて話したことを記憶にしています。この話を帰国後、会社の上司(会長)に話をしたところ、ELSの社長を自宅に迎えたとき、同じ様に「柿の種」を食べながら談笑したことがある、とのことでした。 翌日ブリッジポート大学のキャンパス内に併設されているELSブリッジポート校を訪問し、ビデオ撮影を行いました。ここのELSに留学している日本人はまじめそうな方ばかりでした。インタビューをしましたが、大学近隣に遊びに行くところもなく、平日は勉強ばかりしているそうで、週末にマンハッタンやボストンに出かける程度とのことでした。その後大学近隣のショッピングセンターやゴルフ場を見て回りました。撮影が終わると、コネチカットリムジンというシャトルバスでニューヨークの空港(ケネディ空港かラガーディア空港かどちらか定かではありません)へ移動し、サンフランシスコへと向かいました。約5時間のフライトでしたが、東海岸から西海岸へのフライトの為、ずーっと太陽を追いかけるルートとなり、いつまでも太陽が沈まない長いフライトでした。 つづく
23才で海外事業部部長になったバレエダンサー ― 2009年11月17日 11時15分32秒

11月11日、8年前にアメリカの高校留学のお手伝いをさせてもらった元学生が当社を訪問してくれました。最初にあった時は中学生。アメリカの高校に留学したいとのことで、東海岸にあるボーディングスクールへの手続きをしました。その高校の入学条件は、9月の入学時までに英語力を付けてくること。最初にカナダの高校で英語研修を受講してもらい、その後アメリカのサンタバーバラのELSランゲージセンター(当時はカリフォルニア州立大学サンタバーバラ校内にありました)で英語研修を受講し、その後アメリカの高校に入学しました。私は、彼がカナダの高校で研修を始めた時、そしてサンタバーバラ校に移って大人の生徒と一緒に英語研修を受講しているときに訪問し、それぞれの担当者に会い、9月までに入学に必要な英語力がつけれるか様子を尋ねてきました。彼がアメリカの高校に入学してからも2回学校訪問をして、留学生活が順調に進んでいるのを確認しました。その後彼は、アメリカの高校を卒業し、アメリカの大学へ進学し一昨年無事卒業して帰国してきました。まだ23才ですが、先端技術を扱う会社(偶然にも11日のTVニュースで彼の会社の事業が報道されていました)の海外事業部長として働いているとのこと。また今週後半からロシアに出張するとのことでした。私は、彼の留学のお世話をさせてもらったことに感謝しました。 さらに驚かされたことには、彼はもともとスポーツ万能でしたが、大学に入ってからはクラッシックバレエを本格的に始め、学生時代はヨーロッパのいろいろなバレエスクール(オランダの国立バレエスクールなど)でレッスンを受けてきたとのこと。私も彼が留学している間にバレリーナの留学のお世話をするようになり、多くのスクール(アメリカ、カナダが中心ですが)を訪問してきました。奇遇というか、彼がバレエを始めたと同じころ、私はバレエダンサーのお世話をする仕事を始めていました。
私が中学生の頃、テレビで「プロスパイ」(後日「スパイのライセンス」というタイトルに変更)というアメリカのテレビドラマが放映されていました。アメリカの映画俳優、ロバートワグナー(声優はジェットストリームで有名だった城達也さん)が演じる主人公「アレックスマンディー」はプロのテニスプレーヤーでありながら、スパイとして世界中を飛び回るといったストーリーでした。 23才の彼が、この若さでダンサーとして世界中を飛び回り、これからいろいろなビジネスに挑戦していくことを想像すると、まんざらテレビドラマは作り事ばかりではないな、と思います。私もよく海外へ行きますが(今年は北米に7回、12月にはシンガポールとカナダへ出張の予定)、留学エージェントの私の仕事は、留学生や教育委員会の先生、ホームステイコーディネーターとのミーティングなど、とても地味なものです。
これまで27年間、留学斡旋の仕事をしてきましたが不思議なことがいっぱいあります。これからもこのブログで紹介できればと思います。 つづく
初めての海外出張(6) 1986年8月 ― 2009年11月16日 22時38分33秒
フィラデルフィア駅をアムトラックで出発して約2時間弱でニューヨーク、マンハッタンに到着しました。駅の構内でELSワグナーカレッジのディレクター、ポールジャレルさんが待っていました。 彼の第1印象は、ちばてつやさんの漫画のキャラクターそっくりでした。とても愛嬌のある表情で私を出迎えてくれました。すぐに宿泊先、確か日本人が経営する「北野屋」に荷物を運び、すぐにELSがあるスタテンアイランドに地下鉄とフェリーを使って行きました。ポールさんはその当時ソーホーに住んでいて、毎日、この地下鉄とフェリーで通っているとのことでした。スタテンアイランドにあるワグナーカレッジに到着するとすぐに学生寮に案内されました。高層階の部屋に通されると、窓から北の方角に、ちょうどマンハッタンが一望でき、フェリー乗り場のあるバッテリーパークの後ろに、今はなき世界貿易センタービル、北西の方角には、エリスアイランドの自由の女神を見渡すことができました。この学生寮からは世界のビジネスのメッカ、マンハッタンが一望できました。 学生寮を見学した後、カフェテリアで食事をとり、その後午後の授業のビデオ撮影を行いました。上級レベルのプレゼンテーションの授業を見学させてもらいましたが、日本人も含め、とてもまじめな学生が多く、真剣に討議していたことを今も覚えています。 学内の撮影後、ポールさんとスチューデントアドバイザーにジョンさんと一緒に学外のレストランに夕食に行きました。とても繁盛しているレストランで、注文をしてすぐにロールがもってこられましたが、注文した食事が運ばれてくるまでに1時間位またされました。その間、ポールさんとジョンさんの会話を聞いていましたが、話題は芸術的なことばかりで、さすがニューヨークのソーホーに住んでいる人達の会話は違うな、と関心しました。
食事が終わったあと、一人でフェリーとタクシーを乗り継いでホテルまで戻りました。途中好奇心がわき、いろいろなところでビデオ撮影をしました。
翌日、ポールさんが終日マンハッタン観光につきあってくれました。世界貿易センタービル、エンパイアステートビル、ロックフェラーセンター、セントラルパーク、タイムズスクェアなど、いろいろな場所を見学しました。
あれから何度かニューヨーク(マンハッタン)を訪れましたが、ポールさんに最初に案内してもらった場所をいつも思い出します。去年、今年、2回ユースグランプリのニューヨークファイナルの時期にニューヨークを訪れましたが、早朝セントラルパークをジョギングしていると、ポールさんにつれていってもらった最初の訪問の時を思い出します。
今回の出張は20都市、まだ5つ目が終わったところ。この後、電車でコネチカット州ブリッジポートに向かいました。 つづく
私立中学高校進学相談会 2009年11月14日 京都 ― 2009年11月11日 12時13分25秒

私は現在「つくば開成高校」の留学アドバイザーをしています。 今週末京都で行われる私立中学高校進学相談会に出席します。 当日「つくば開成高等学校」のブースにいますので、日本の高校に進学し、高校在籍中に海外の高校へ留学を希望している方、ぜひおこしください。
単に英語力習得を目的とした高校留学だけでなく、スポーツ留学、芸術留学(美術、バレエ、ダンス、演劇、音楽)などのご相談にも応じています。
日時:2009年11月14日(土)午後1時〜4時 会場:メルパルク京都6階 〒600-8216 京都市下京区東洞院通七条下ル東塩小路町676番13
初めての海外出張(5) 1986年7月 ― 2009年11月11日 02時54分03秒
ワシントン,D.C.を出発し、日が暮れてからフィラデルフィア空港に到着しました。ELSフィラデルフィア校のディレクターが出迎えに来てくれていましたが、残念ながら空港で会うことができませんでした。タクシーでホテルまで移動しようと待っていると、ベストウェスタンホテルの出迎えバスが来たので急いで乗り込むと、私が滞在するベストウェスタンではなく、空港に隣接するベストウェスタン行きでした。間違ったホテルに到着したあと、タクシーで目的のホテルへ移動。到着時間が遅かった為、食事もとらず就寝。翌朝は、ディレクターがホテルまで迎えに来てくれ、早速学校の見学(ビデオ撮り)を始めました。ここのELSはセントジョセフ大学のキャンパス内にあり、まずは学生寮から見学することになりました。学生寮は2人部屋以外に4人部屋があり、現地の大学生と一緒に滞在することもあるそうでした。大学内の撮影、そしてELSに留学中の学生の撮影も行いました。このセンターには日本の一流企業から派遣されているビジネスマンも多く、熱心に勉強している方が多かったのを今も覚えています。昨日訪問したワシントン,D.C.にはアラブ諸国の学生が多かったのとは対象で、中南米、ヨーロッパ、アジアの学生と、人種はさまざまでした。ディレクターと一緒に学外で昼食を済ませると、夕方に学内でパーティがあるとのこと。ちょうどELS創立25周年を記念してのパーティも兼ねているとのことで参加させていただくことにしました。最初パーティは創立25周年を祝う堅苦しさがありましたが、すぐに雰囲気が明るくなり、あとは学生ののりで、大変楽しいものでした。パーティの最中も私はビデオと写真の撮影で忙しくしていましたが特に中南米の学生がパーティをリードしていたのが印象的でした。
翌朝、ホテルをチェックアウトし、ディレクターにアムトラックのフィラデルフィア駅まで送ってもらいました。この駅は確かハリソンフォードの映画「刑事ジョンブック」の最初のシーンで、駅構内が舞台になったところだったと思います。 フィラデルフィア駅を出て、ニューヨークに向かうまでの車窓からは、アメリカらしい景色(いろいろな工場や古いビル群)を見ることができました。 つづく
成田空港施設使用料変更 ― 2009年11月07日 10時35分38秒
このたび、2009年11月16日より、成田国際空港において、新たに旅客保安サービス料が導入されることとなり、同時に、旅客サービス施設使用料が変更されることになりました。詳しくは各航空会社のホームページで確認して下さい。
初めての海外出張(4) 1986年7月 ― 2009年10月15日 23時46分40秒
ELSヒューストン校には日本人は2名しかいなく、ビデオ撮影は簡単でした。私が訪問した時、地元の警察官がゲストスピーカーでこられ、アメリカの法律や生活上の注意点などを説明されました。また子連れの生徒のために学校内に託児所のような施設(教室)があったのが印象敵でした。ELSヒューストン校はその後大学のキャンパス内に移動しましたが、スペースシャトルの宇宙飛行士であった毛利衛さんもここで英語のトレーニングを受けたと聞いています。 ヒューストン校の撮影を終え、ディレクターの運転で空港に向かいましたが、渋滞のため、空港へはぎりぎりのタイミングで到着しました。 ヒューストンからは確かメンフィス経由でワシントン,D.C.に到着しました。空港にはELSワシントン校の校長が迎えにきてました。すぐにホテルへ移動する予定でしたが、私のスーツケースが出てこず、空港職員に滞在先を告げて空港からホテルへ移動しました。その夜はディレクターと彼女のボーイフレンドと一緒に日本レストランに食事に行きました。話を始めると、彼女が日本の滋賀県出身であると聞かされびっくりしました。子供のころは、滋賀県の竹藪の中でのどかに遊んでいたとのことでした。何十年も前のことで、日本語はほとんど忘れてしまったとのことでしたが、私の日本語を理解することはできたようです。
翌日、ホテルから学校に行くと、私の荷物が空港から届きました。ELSワシントン,D.C.校はELSランゲージセンターの中で最初にできた歴史ある学校でした。アメリカ国務省のバックアップで、言語学者で有名なE.T.コーネリアス博士によって設立されたと聞いていました。コーネリアス博士は、English 900やIntensive Course in Englishなどの英語教材の開発者としてとても有名でした。1997年頃に大阪でお会いした際、私がアドバイスしたバイノーラル(立体)録音を使った「Magazine USA」という教材を日本で販売されました。構造言語学の理論を用いて作成された教材を使い、設立されたELSランゲージセンターの本校というべきワシントン,D.C.校を見学するのはとても興味はありました。しかし行ってみると古いビル1棟が学校になっていましただけでした。中に入ると、どういうわけか、アラブ諸国からの学生でいっぱいでした。日本人は企業から派遣された数名だけだったと記憶しています。のちのこのビルは豪雨の際に水害にあい、長い間クローズしたとのことです。 ここでも簡単にビデオの撮影を行い、ディレクターに空港まで送ってもらいました。ワシントン,D.C.を出発し、ロッキーの町フィラデルフィアへ移動しました。 つづく
今朝の体重78.6kg 夜の体重78.2kg 今日は週末からのカナダ出張の準備のため残業、ジムには行けず。
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