小学生からのバレエ留学2011年03月25日 13時07分09秒

どのような分野であっても、その道を極めるには、幼少の頃から適切な環境の下、専門家の指導を仰ぐのが良いそうです。
スポーツでも芸術でも、その道を究めた方は、小さい頃から優れた指導者からレッスンを受けていたようです。

バレエの道も同じで、当社にバレエ留学の問い合わせをする方の大半は3才前後からスタートしているようです。最近では小学生の保護者様からバレエ留学についてのお問い合わせが増えており、当社としては、カナダナショナルバレエスクールやロイヤルウィニペグバレエスクールをご案内しています。これらのスクールは10才から受入をしていますが、入学には1次オーディション、サマースクール中の2次オーディションに合格する必要があります。

これまでにいろいろなバレエスクールを訪問し小学生の受入について打診をしてきました。受入には問題なくても滞在先やアカデミックプログラムを考えると、なかなか満足できるスクールはありませんでした。しかしやっと受入環境の整ったスクールを見つけることができました。
カナダナショナルバレエスクールやロイヤルウィニペグバレエスクールは学生寮もあり、小学生から受入をしていますが、入学までに2回のオーディションに合格する必要があります。
しかし今回新しく提携できたバレエスクールはワガノワメソッドの指導者として第一人者であるビクトリアミロノバ女史が直接指導するスクールです。このバレエスクールの隣(徒歩3分)の宿舎(学生寮)が昨年末から利用できるようになりました。バレエスクールの2階には私立の学校が併設されており、高校3年生まで在籍するとカナダの卒業高卒資格を得ることも可能です。
2011年1月のカナダナショナルバレエスクールのオーディションではこのスクールの高校生だけが合格しました。

小学生、中学生からバレエ留学を希望される方にはお勧めのスクールです。詳しくはお問い合わせ下さい。

info@admission.co.jp
06-6455-1377

バレエ留学のホームページ
http://www.ne.jp/asahi/admission/japan/hai_wai_liu_xue_xiang_tan_shi/baree.html

カナダでの募金活動2011年03月16日 17時21分20秒

このたびの地震により被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

カナダのスクールオブアルバータバレエに留学中の生徒からの連絡では、スクールに在籍中のカナダ人の方々が今回の地震被災者の方々の為に募金活動をはじめられたとのことです。

私もこれまでに2回の大地震を経験したことがあります。1989年10月17日サンフランシスコに滞在中、市内の観光地ピア39で地震に遭いました。電気も食料もない中、ホテルで過ごしました。

2回目は1995年1月17日の阪神淡路大震災をマンションの11階で遭遇しました。食器棚が倒れすべての食器は割れてしまいました。その後も余震が続き、6ヶ月ほど親戚の家にお世話になりました。

地震あとガスが止まったり、停電になったりしますが、余震が続く時はぜったいろうそくなどの火を使うのは控えて下さい。地震の後の火事に注意して下さい。

4年前に購入した非常持ち出し袋を点検したところ、水、アルファ米、手動発電機、ラジオ、防寒用シートなどが入っていました。不必要に食料を買いだめすることは混乱をおこしかねません。この機会に非常時に持ち出すものを点検するのがよいと思います。また常備薬なども点検しましょう。

http://www.schoolofalbertaballet.com/index.html

http://www.youtube.com/watch?v=xGdHtLCjUM8

URL http://www.admission.co.jp

トロントダンスシアター2010年04月26日 14時08分21秒

クラシックバレエからモダン、コンテ、ジャズ、そしてミュージカルの世界を進む方が多くいます。 カナダで有名なトロントダンスシアターはそんな方にお勧めのスクールです。 オーディションに関しての情報は次のホームページを参照下さい。

URL http://www.tdt.org/home.html

URL http://www.bitscommunity.com/bitslounge/news/japan/20100205_01.html

URL http://www.admission.co.jp/ballet-worldwide.html#%83J%83i%83_%82%CC%83o%83%8C%83G%83X%83N%81[%83%8B

2009シンガポールマラソンに参加2009年12月11日 11時15分40秒

参加賞としていただいたメダル

12月4日からシンガポールに出張。シンガポールダンスシアターの見学に行きました。以前カナダのバレエ留学のお手伝いをさせていただいた方が年末の公演に出演されると聞き、訪問しました。 約2000人収容可能な超近代的な劇場「エスプラネード」で12月27日から行われる「白鳥の湖」に参加されます。

彼女に会って今回の目的の一つは達成できましたが、翌日、私の個人的な目的「シンガポールマラソン」に参加しました。今回マラソンの参加は始めてで「10km」に参加しました。朝7時45分にスタートし、約1時間(自分の時計では59分59秒)で完走することができました。気温約32度、湿度95%にはさすがにこたえました。 こんな過酷な気象条件で、日々「スワンレーク」の練習に励むバレリーナには頭が下がります。

8000km 電車の旅(1)2009年11月30日 17時20分47秒

2000年7月、スポーツライターを目指して、シカゴのELSランゲージセンターに留学していたK君から電話がはいった。 以下は、その時の会話です。

K君「来週から1ヶ月休暇をとります。お勧めの場所はありますか」 私「来週からバンクーバーに出張するので会いに来る?」 K君「はい、行きます」 私「では早急に飛行機の予約をして」 K君「電車で行きます」

そして電話を切りました。私は、K君がシカゴとバンクーバーの距離を絶対に理解していないと思い、後日「やっぱり飛行機で行きます」という連絡が入ると思っていました。しかし私が出張する日まで待っても連絡が入りませんでした。そして私がバンクーバーに到着したとき、私の携帯に彼から連絡が入りました。夕方、シアトル経由でバンクーバーに到着するので迎えに来て欲しい、とのことでした。本当に電車でシカゴからバンクーバー(途中シアトル〜バンクーバー間はバスを利用)に来たのです。バンクーバーのMain駅まで迎えに行くと、げっそりとした日本人がバスから降りて来ました。シカゴからバンクーバーまで約3500kmを約3日かけて電車とバスで旅してきたとのことです。期間中節約の為、ハンバーガーを3つ食べただけ、あとは水を飲んだだけとのことでした。 彼がバンクーバーに到着するまでは、彼の行動にあきれていましたが、いざ彼に会ってみるととても嬉しくなりました。その日の夕方は、バンクーバーの日本食レストランで久しぶりの再開を楽しみました。3日ほどバンクーバーで一緒に過ごした後、彼は今度はサンフランシスコへ向けて出発しました。その後、サンフランシスコ経由でシカゴに戻って行きました。彼の移動距離は約8000km。いろいろな景色を堪能することができたそうです。後日彼から聞いた不思議な話があります。

サンフランシスコに到着後、宿泊のあてもなくユニオンスクェアでボーと座っていると、目の前にどこかで見たことのある留学生らしき人が声をかけてきたそうです。なんと同じELSランゲージセンターに留学している韓国の学生で、泊まるところがないというと、彼が泊まっている宿舎を紹介してもらったとのことです。まさかシカゴから3000キロも離れたサンフランシスコのダウンタウンでまさか会うとは。世の中は狭い、と思ったのと同時に、英語が理解できて良かったと感じたそうです。

ELS Language Centers http://www.admission.co.jp/usagogaku.htm

つづく

芸術留学 カナダからニューヨークへ2009年11月23日 17時37分59秒

先週末、8年前にカナダの芸術高校への留学をお手伝いした元学生が来社しました。 彼女は、カナダの芸術高校に留学し、卒業後はアメリカ、ニューヨークにあるパーソンズへ入学。優秀な成績で奨学生として留学され、昨年卒業されました。卒業前に応募された2008年デザインコンクール(日本色彩検定主催)でグランプリを受賞されました。私は昨年4月にニューヨークへ出張した際、卒業が決まった彼女にマンハッタンで会い、一緒に卒業を祝いました。

彼女に最初に会ったのは2001年の春、カナダの芸術高校へ一緒に行き、教育委員会の担当者との面談、芸術担当と留学生担当の先生に会い、ポートフォリオを審査してもらい入学が許可されました。それから約8年が過ぎました。現在は帰国されプロのデザイナーとして活躍されています。

村上龍の「13才のハローワーク」という書籍が一時話題になりましたが、これからの時代、学歴だけでなく、自分の好きな分野(専門)を突き詰めて学び、好きな分野で仕事に就くことも大事ではないかと思います。

彼女の留学体験をイラストで描いていただきました。 次のサイトでご覧いただけます。私もイラストで登場しています。

http://www.youtube.com/watch?v=G-pLgGKNO6Q

つづく

アメリカ大学留学案内の発行2009年11月23日 17時34分12秒

アメリカ大学案内

留学エージェントの仕事をしていていろいろと不思議なことを体験してきました。 高校1年の夏(1971年)、アルバイトをして得たお金で、英語の本を購入したことがあります。それはアメリカの大学案内でした。たしか通信販売で4000円くらいでしたが、自宅に届くと、すぐに辞書を引き、日本語に訳して読んだことがあります。それから20年後、私はアメリカのELSランゲージセンターが発行するELS-UPSガイドブック(ELS College Guide)という大学案内を翻訳し出版する仕事をさせてもらいました。最初は翻訳会社に依頼し日本語に翻訳してもらい出版する予定でしたが、社内で日本語訳が理解しにくいとの意見があり、結局担当した私が毎日仕事を終えた後、自宅(その当時は東京で下宿)で校正することになりました。毎晩11時頃から深夜2時頃までPC9800というコンピュータで、一太郎というワープロソフトを使って作業をしました。たしか1990年の秋からこの作業をスタートし、翌年の7月1日までかかりました。実は1991年7月1日からアメリカに赴任することが決まっており、それまでに完成させる必要がありました。6月30日まで原稿と格闘し、7月1日の朝、佐川急便で印刷所に原稿の入ったフロッピーディスク(その当時は5インチ)を印刷会社に発送し、その日の午後、大阪(伊丹)空港からサンフランシスコに向け出発しました。

1992年の10月、ELSランゲージセンターの創立30周年の記念パーティがロサンゼルスで行われ、その時参加したELSの各ディレクターからは、このガイドブックの日本語版の発行に感謝の言葉をもらいましたが、と同時に「どれだけ印税がはいるのか」と聞かれたことを覚えています。

本を一冊出版するために、約1年間毎夜翻訳の見直し、パソコンへの入力作業を行い、右手は腱鞘炎になり、左足には水がたまり一時期歩けなくなったりしたことを思うと、二度とこの作業はしたくない、と思いましたが懲りずにこのガイドブックの発行を3年担当しました。4年目はジャパンタイムズから発行されました。つづく

インターンシップ2009年11月23日 01時13分32秒

留学業界の仕事をしていると、海外でインターンシップ体験を希望される方からの問い合わせがあります。 「どのようなインターンシップを希望していますか」、と尋ねると、「海外で英語を使って仕事をしたい」という答えが。そこで、「どんな職種を希望していますか」「これまでどんな仕事を経験したことがありますか」と尋ねると、答えはどちらも「No」。残念ですが当社では適切なインターンシップは紹介できません、と断ります。しかし、中には自分では把握していなくても立派な職業体験をもっている方もおられます。また、ご本人のこれまでの経験に基づき、インターンシップを紹介することもあります。 教師を希望する大学生には海外の高校を紹介し、そこで日本語教師のインターンシップを体験してもらったことがあります。日本でテニスコーチをしていた方に、オーストラリアのテニススクールでテニスコーチを体験してもらったり。英語力に自信がない方で、将来ツアーガイドを希望する方には、日本人相手の旅行社で現地ガイドのインターンシップを体験してもらったり。動物が好きな方にニュージーランドの農場で牧畜のインターンシップなど。 たぶん一般の方が希望する「英語を使ってオフィスで働く」という希望からは、かけ離れたものです。しかしこれらのインターンシップを体験された方々はとても満足していただきました。

留学業界でこの「インターンシップ」が人気になったのは1980代後半からではないかと思います。 私は社会人になるまで海外経験はありませんでしたが、学生時代、日本国内でインターンシップを1年間体験したことがあります。私は90分かけて大学へ通うのが嫌いで、大学に行かずに卒業できる方法はないかといつも考えていました。4回生になって、ゼミ(研究室)を選ぶときに、入学時からの友人が、大学へ通わなくても出席扱いになる方法がある、という情報をくれました。ある教授のゼミに入ると、1年間学外の研究室に通うことで出席扱いになるとのこと。私は兵庫県に住んでいましたが、隣の池田市に通産省(現在の経産省)の大阪工業試験所というところがあり、そのゼミに入り1年間そこの試験所でインターンシップを体験しました。そこでは毎日担当の先生が行う実験のお手伝いをしました。わたしが配属になった実験室は、ちょうど4年間にわたって海外協力研究を行っていました。海外から来日する留学生と一緒に化学実験をしたり、国連の職員がこられたり、いろいろな方々とお会いする機会がありました。私の英語力ではうまくコミュニケーションをとることはできませんでした。その時の経験で、将来英語を使って海外にいく仕事に就きたいと思い、留学生をお世話する仕事に就きました。 今年で社会人30年目。ずーとこの業界にいます。

学生時代のインターンシップは社会人になってから、とても役立っていると思います。とくに自分の興味のある分野の経験は一生役立つと思います。

つづく

CAの来客 2009年11月17日2009年11月22日 11時55分59秒

CAキャビンアテンダント

今日、前回の子象の話をしてくれた航空会社勤務のキャビンアテンダントの友人が3年ぶりに当社に遊びに来られました。彼女も学生時代当社を通じてカナダに語学留学してもらい、現在は日系に航空会社でキャビンアテンダント(スチュワーデス)をしています。航空会社は不景気とのことですが、毎日各地を飛び回っているようです。彼女は学生時代に2回カナダに留学してもらいました。最初は、子象の話をしてくれた友人と一緒にバンクーバーへ語学留学。一度日本に戻り、翌年再度、今度はインターンシップをしたいとのことでした。聞いてみると最初の留学でTOEICのスコアがアップした為、大学で卒業に必要な単位が取得でき、卒業の目処がたったので、今度はインターンシップを経験して就職に役立てたいとのことでした。しかし期間や予算を聞いて、一般のインターンシップは無理だと思い、私が懇意にしているある語学学校でインターンシップをしてもらいました。インターンシップの手続料はいただかず、その代わりに彼女が現地滞在中、私が企画した2つのグループプログラムの現地コーディネートを担当してもらいました。またバレエ留学を希望する学生の現地オーディションなども手伝ってもらいました。その時にオーディションを受けてもらった学生の一人が、今年5月にロイヤルウィニペグバレエスクールを卒業しました。 彼女が帰国して就職活動の時は、語学留学とインターンシップ体験が企業の人事担当者に高く評価されたとのことでした。単に英語を学ぶだけでなく、英語を使って仕事をするのはとても大変なことです。そんな経験を学生時代に体験できるインターンシップはとても意義のあるものだと思います。 そういえば、私も今から30年以上前、大学の4回生の時にインターンシップを1年間体験しました。日本でも英語を使う体験でした。この体験はのちほど紹介したいと思います。

彼女は、インターンシップ中にお世話になった現地のコーディネーターにまた会いたいとのことで、来年の長期休暇に再度カナダへ行く計画を立てられています。

彼女の話によると、学生時代に当社から短期留学した学生で他にも航空会社でキャビンアテンダントをしている方がいるとのことでした。

最近、昔お世話させていただいた学生がよくオフィスに来られます。私は出張も多いため、毎回みんなに会えないので年末に忘年会を企画し、その際に一度に集まってもらおうと考えています。たぶん想像できないような楽しい体験談がきけるのではと期待しています。つづく

初めての海外出張(7) 1986年8月2009年11月18日 02時08分54秒

ニューヨークの訪問を終え、電車でコネチカット州ブリッジポートへむかいました。ブリッジポートの駅に着くとELSブリッジポート校のディレクターが迎えにきてくれていました。すぐにホテルへチェックインしたあと、ディレクターの家に夕食に誘われました。1戸建ての家の2階のベランダでご主人がバーベキューの準備をして迎えてくれました。大きなビーフステーキをいただきましたが、食事の前に出された日本の「柿の種」が印象的でした。どんな会話をしたのかほとんど覚えていませんが、「柿の種」を食べながら日本のことについて話したことを記憶にしています。この話を帰国後、会社の上司(会長)に話をしたところ、ELSの社長を自宅に迎えたとき、同じ様に「柿の種」を食べながら談笑したことがある、とのことでした。 翌日ブリッジポート大学のキャンパス内に併設されているELSブリッジポート校を訪問し、ビデオ撮影を行いました。ここのELSに留学している日本人はまじめそうな方ばかりでした。インタビューをしましたが、大学近隣に遊びに行くところもなく、平日は勉強ばかりしているそうで、週末にマンハッタンやボストンに出かける程度とのことでした。その後大学近隣のショッピングセンターやゴルフ場を見て回りました。撮影が終わると、コネチカットリムジンというシャトルバスでニューヨークの空港(ケネディ空港かラガーディア空港かどちらか定かではありません)へ移動し、サンフランシスコへと向かいました。約5時間のフライトでしたが、東海岸から西海岸へのフライトの為、ずーっと太陽を追いかけるルートとなり、いつまでも太陽が沈まない長いフライトでした。 つづく